声に出して読みたい日本語

何事か、陰惨なことが為されつつある。人を震わすことが起こりつつある。
あるいは、すでに為された、すでに起った。
過去が未来へ押し出そうとする。そして何事もない、何事のあった覚えもない。ただ現在が
逼迫する。
逆もあるだろう。現在をいやが上にも逼迫させることによって、過去を招き寄せる。なかった
過去まで寄せて、濃い覚えに煮つめる。そして未来へ繋げる。未来を繋ぐ。一寸先も知らぬ未来
を、過去の熟知に融合させようとする。吉にしても凶にしても、覚えがなくてはならない。
熟知の熱狂が未来をつつみこむまで、太鼓を打ちつづけさせる。雨の降り出したのは、もうすぐ手前の兆しだ。

古井由吉「眉雨」(『木犀の日』(講談社文芸文庫、1998)所収)