読了

漱石とその時代 第2部 (新潮選書)

漱石とその時代 第2部 (新潮選書)

〔……〕金之助は学生たちの実力のなさにおどろき、容赦なくリーディングのあやまりを直し、ことに慣用句
についての知識のなさをしぼりあげた。それもそのはずで、彼らはハーンからまったくこの種の訓練を受けていなかったのである。
〔……〕彼らにとっては、英文学をやるということは、テニスンやスウィンバーンの詩の主情的鑑賞を、陶然と
聴いていることにほかならなかった。それが衆人環視のなかで、ひとりずつかたっぱしから発音を直されるのだからたまらない。
彼らが中学生に逆戻りしたような屈辱を感じ、新任の講師に対する敵意を燃やしたのは当然であった。
彼らはそもそも新任講師の夏目金之助とかいういかにも町人らしい名前に嘲笑的なものを感じていた。
〔……〕たかが「ホトヽギス」に二、三の駄文を発表しただけの田舎の高校教師あがりの無名の風来坊ではないか。
片やハーン先生はといえば、海外文壇に著名な大文豪である。その直系の弟子たる自分たちが、この金之助ごときに
なめられてはたまらない。


(pp.248-249)